ソロデビューからライブのツアーメンバー、アルバムのプロディースまで、初期当初のヒムロックにはかかせない人物。SP≒EEDのリーダーでもあった。


二人の音楽暦&影響とは?                   1990年4月
(やっぱり西平さんもデビット・ボウイとか好きなんですか・・・という問いに)
氷室 ああ、絶対好きなんじゃない?
西平 うん、高校の頃はミーハー的に好きだった。唯一、まぁビートルズっていうのはもちろんあるんだけど、他に自分にとってのアイドルだったのはデビット・ボウイが一番かな。ビートルズは中学生くらいの時に誰でも聴くっていうスタイルで聴いてて。
氷室 そうだね。
西平 でもやっぱりすごく好きになって、過去にさかのぼってLPも買い込んだりして。でもその時期はフォークソングとかそういうのも聴いてたしね。まぁ何でもありだったんだよ。それまでずっと俺はクラッシクのピアノをやってたから。ビートルズくらいからシリアス・ミュージックじゃないほうのポップ・ミュージックの世界をだんだん知って。
氷室 俺は逆に、西平さんはニュー・ロマンティックスとかにすごく影響を受けた人なんだって勝手に思ってたの。あの沢田研二さんのアルバムで一曲書いてたでしょう。あれなんか、ああこの人は絶対にニュー・ロマンティックスを意識してるんだなっていう気がすごくして。ヴィサージとかさ、あの辺のバンドを。
西平 やっぱりその時期には聴いていたよ。要するにビートルズとかデビット・ボウイ、グラムにしても自分の世代のものじゃないじゃない。もっと上の世代がやってて、わぁかっこいいって思うような。でもニュー・ロマンティックスとかは、もうすでに自分がやってた時期のものだからさ。そういう同世代感覚で面白いって思ったのはあの辺が最初かもしれない。パンクもどっちかっていうとあとっぴきっていうか。
氷室 ああ、そうだよね。何年か遅れて。
西平 ピストルズとかって結局すごい古いじゃない、昔のものじゃない。その頃はそっちに耳がいかなかったから、聴いたのはもうちょっと後になってからだから。
氷室 俺も結構ロマンティックスをかじってるよ。ただ、一番最初にロックを意識したのは、ちょうど俺がロフトとかでやってた頃で、ロンドンのクラブシーンとかが全盛の頃だったから、やっぱり俺はピストルズから入っていったけど。
(アメリカもの、例えばイーグルスなんかのウェストコースト・サウンドっていうのはなし?)
氷室 (笑)うん、そっちにはいってない。
西平 俺はそういうのも聴いてたよ(笑)
氷室 ああ、本当? あんまりイメージじゃないね。
西平 大学入ったぐらいの頃っていうのはそういう時代だったんだよ。ウェストコーストの音楽だけじゃなくて、ウェストコーストの文化っていうのが流行って。『ポパイ』が創刊されてさ、みんなNIKEの靴はいてっていう時が、あったじゃない。そういう時にはもちろんそういう音楽も聴いていたよ。
氷室 (一度もそっちにはいってないでしょ、という問いに)
(笑)いってない。『ホテル・カリフォルニア』は聴いたけどね。



(管理人談)
  このように音楽暦が全く違う二人ですが、デビット・ボウイは共通するようです。ヒムロックより2歳年上。吉田建率いるエキゾティックスを経て、吉川・松岡英明などもプロデュース。ライブでは、かなりヴィジュアル面を意識されてるような。。。カッコイイです。





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