フォトグラファー加藤正憲氏。BOOWY時代から氷室を撮り続ける。


出会いから今に至るまで                     1992年秋
氷室 加藤さんと初めて会ったのは、確か安田くんのところだったよね。
加藤 そうだよね。僕がたまたま安田くんの事務所に行った時、氷室くんがそこにいて紹介されたのが最初だったね。
(安田さんとは…?)
加藤 デザイナーなんだけど、ロック・ミューシャンの知り合いが多くて、そういうヤツらのポスターとかステッカーなんかを安いギャラでデザインしてあげてた人なんですよ。
氷室 オレがあの時安田くんの事務所に行ったのも、BOOWYのグッズで靴を入れる袋みたいなものを作ろうっていって、そのデザインをみてもらうためでさ。そこでいろいろやってた時に加藤さんが遊びに来たんだよね。その頃BOOWYは所属してたレコード会社に全く宣伝してもらえなくて。それじゃあ自分たちでバイトしてでも作ろうってことになって。それでなんとかお金は出来たんだけど、今度はなかなかいいカメラマンが見つからなくて、ずっと探してたわけ。そんな時に加藤さんと知り合ったんだよ。
加藤 氷室くんと会った頃ってファッションの写真を中心に撮ってたから、ロック・バンドのことなんてほとんどわからなかったんだけど、彼らの一生懸命なところがいいなって思って。それで、僕でよかったら撮ってあげようって言ったんですよ。
写真を撮る時に、僕にはある種のこだわりがあって、どうせ僕が撮らせてもらうならある程度ファッショナブルなものにしたいと思ったんですよ。
それまでロックバンドの写真っていうと汗くささみたいな部分が強調されたものが多かったんだけど、それは極力排除したいなと。
それで僕の知り合いに頼んで銀座のJUNから服を借りて、メンバー全員黒のタキシードみたいのを着て撮ったんですよ。
氷室 そうそう。オレ以外は後ろを向いて、それで変なマスク被ってさ。
加藤 そのポスターを撮った後、しばらく会わなかったんだけど、BOOWYが東芝EMIに移籍した頃から、また仕事をするようになったんですよ。雑誌でもよく撮ったし、JUST A HEROのアルバムジャケットもやらせてもらったし。
でもその頃も付き合いはあくまでも仕事を通してで、プライベートな部分での行ききっていうのはほとんどなかったですね。
氷室 オレはすごく楽しかった。他の人といるのと違って、加藤さんだと全然疲れないんだよね。でも加藤さんはウンザリしてたんじゃないのかな(笑)。
加藤 いやいや(笑)。でもあれだよね、旅行してた時はよくわからなかったけど、今こうやって写真を見ると、本当に行って良かったなって思うよね。
氷室 ちょうど一年前だもんね。一年がかりでここまで来たのかと思うと、けっこう感慨深いものがあるよね。
どの写真を見ても、やっぱりこれは加藤さんだから撮れた写真だと思うんだ。一番自然でオレらしいオレだよね、こういうのって。
加藤 やっぱり撮ってる間にどんどん氷室くんのいろんなところが見えてきたし、今回これだけの時間を共有できたわけだから、きっとこの次に撮る写真はまた今までより一段進んだ感じのものになると思うんだよね。
氷室くんはものすごく面白い素材ですよね。だって氷室がそこにいると、それだけで写真を撮りたくなる。きっとどのカメラマンも思っていると思いますよ。
だから僕は自分のことをラッキーだと思いますね。こんなふうにチャンスを与えられて。
氷室 今はわからないけど、でももしいつかまた同じような主旨の写真集を出すことがあったら、その時もまた絶対にカメラマンは加藤さんだよね。




(管理人談)
  L'EGOISTEツアーの会場だけで発売された「PAPARAZZI」。ローマ・カイロ、セイシェル・ニューヨークなど世界6カ国を旅しながら、氷室と加藤カメラマンで作られた写真集。とても見ごたえがあります。上記写真は、PAPARAZZIの中からスペインにて撮られたもの。ヒムロック「オレこの写真、すっごく好き。」





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